こんにちは。
本日はユダヤ人の母親が子供に話すユダヤの逸話「ライオンのミルク」のお話をご紹介します。

ユダヤ人は世界でもお金持ちや成功者が多く、頭脳が優秀な民族として有名ですが、その理由は彼らの「議論をする」という習慣にあると言われています。
ユダヤ人は、タルムードと呼ばれる議論集を元に、毎日議論を繰り返しています。
これは子供のころから日常的に行われるため、ユダヤ人はとにかく議論が大好きです。
今回は、ユダヤ人の議論好きがよくわかる「ライオンのミルク」のお話を紹介します。
ある国の王様が、不治の病に侵されてしまいました。
どんな医者もいこの病を治せず、王様はどんどん衰弱していきました。
そんな時、ある祈祷師が通りかかり、あることを言いました。
「この病気を治すには、世界で最も手に入りにくいといわれている母ライオンのミルクを飲ませるしかありません。」と。
そこで、「母ライオンのミルクを取ってきた者には、どんな褒美も取らせる」というおふれが出されました。
とはいえ、母ライオンに近づけば咬み殺されてしまいます。褒美は魅力的でしたが、怖がって誰も母ライオンのミルクを取りに行くことはできませんでした。
「ユダヤ式WHy思考法」より ※短くするため少し編集しています。
しかし、村に住む一人の若者がこれに挑みました。
彼の両目と両耳が相談し、一頭の母ライオンを見つけました。
毎日羊の肉を与えて、少しづつ近づく方法を思いつきました。
何日も続けたところ、母ライオンの警戒を解くことができ、若者の両手、両足、両目は母ライオンまで近づくことができました。そして、温かで新鮮なミルクを採ることに成功しました。
両目ー「俺が母ライオンまでの距離を正確に目測し、近づくことができたんだ。だから俺が一番たくさん褒美をもらうべきだ。」
両足ー「俺がいたからこそ、ライオンが襲ってきても逃げることができたんだ。ライオンに一歩一歩近づいたのも俺のおかげだ。だから俺が一番褒美をもらうべきだ。」
両手ー「母ライオンの乳を搾ったのはこの俺だ。俺こそ一番大事な役割を果たしたんだ。」
両目、両足、両手の論争を聞いていて、今まで何もしなかった「口」がはじめて話し出した。
「俺こそが一番褒美をもらうべきだ。」
これには両目、両足、両手が大反論しました。
「お前は何もしてないじゃないか。お前には何も褒美はないぞ。」
ここで一旦お話を区切ります。少しお子様に質問してみてください。
「口はどうしてこんなことを言い出したんだと思う?」
「どうやって自分が最も褒美をたくさんもらうべきだと認めさせると思う?」
目や耳、手足は2つあるのに対して、口が一つしかないのは、口が他の器官に比べて格段に重要だという考えがユダヤ人にはあります。
ユダヤには「舌の先に幸せがある」という格言があるほど、よくしゃべり、よく発言し、よく主張することで幸せを手繰り寄せられるという考え方があります。
「イスラエル」の語源にも、文句を言う人、口論する人という意味があるそうです。
日本人ではあまり考えられない行動ですが、ユダヤ人は上司などの自分より地位の上の人に対しても、納得がいかない場合は平気で面と向かって文句を言います。
経営組織論の中に、そのことをよく表している言葉があります。
「一万人の日本人をまとめるより、100人のアメリカ人をまとめる方が難しく、100人のアメリカ人を統率することに比べ5人のユダヤ人の指揮をとることは至難の業である」
それくらいユダヤ人は何に対しても「なぜ?」という疑問を持ち、納得がいかない場合は相手が誰であろうと反論する人たちだということです。
この「ライオンのミルク」の逸話でも、「口」という存在、つまり「自分の意見を主張すること」の重要性が伝えられています。
ではお話の続きを見てみましょう。
ミルクを王様に届けた時、口が勝手に叫びだしました。
「ユダヤ式WHy思考法」より ※短くするため少し編集しています。
「王様、ここに犬のミルクを持ってまいりました。これで王様の病気はたちまち良くなります。」
すると王様は大激怒しました。
「私が持ってこいと言ったのは母ライオンのミルクだ!それなのに犬のミルクを持ってくるとは何事だ!処刑してしまえ。」
すると、両目、両足、両手は震えあがり、口に懇願しました。
「頼むから王様に本当のことを言ってくれ。」
すると口が言いました。
「それみろ。口こそが一番重要なのだ。褒美は全部俺がもらう。」
両目、両足、両手はしぶしぶ頷きました。
「口」次第で他の器官の命運が決まってしまうというお話でした。
しかしここで、「いや、私はやっぱり両目が一番重要だと思う。」、「鼻が一番大事だと思う」と言う意見がお子様にあってももちろんいいんです。
たくさんの意見をだして、議論をして、思考を活性化するということが一番大事なポイントです。
「なぜ?」と考えることで思考力はどんどん身についていきます。
ユダヤ人の家庭では、子供が3歳くらいになると母親が子供に質問をたくさんします。
「風は見えないし、形も色もないのに、どうして感じることができるの?」などの質問を毎日子供にしています。
もちろんこの質問に正解があるわけではなく、科学的な知識を持った答えを期待して聞いているわけでもありません。
子供の思考力を育てるためのトレーニングをしているんです。
このように、ユダヤ人の家庭では子供が疑問を持ち、問いかける姿勢をとても大切にしています。
ユダヤ人であるアインシュタインも、5歳の時に父親に磁石セットをもらい、磁石について様々な疑問を持ち、父親と一緒に実験をしていたそうです。この体験が彼が物理学を学ぶきっかけになったそうです。
ユダヤには「恥ずかしがり屋の子供は学問ができない」という格言もあります。
「なぜ?」と問いかけることができる子ほど、親や先生に褒められます。

ユダヤ人に限らず、世界のどの民族でも、親は子供の知的好奇心を広げようとさまざまな工夫を凝らしていますが、ユダヤ人の親は特に熱心にそれを行っています。
小さいころから思考力を育てることで、子供の好奇心を刺激して、発想力や創造力も育てることができます。
人に言われないと何もできない子ではなく、自分で考えて行動できる子に育てるためには、とにかく考えること、そしてそれを自分の言葉で伝えるトレーニングが重要だと思います。
みなさんも、是非お子様と日常のいろんなことについて「なぜ?」を見つけてたくさんお話してみてください。
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勉強になります。タルムード、読んでみたいと思います。
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とっても勉強になりますので、是非読んでみてください。
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